発達障害だったわたしへ

自閉症と虐待サバイバー/光はまだ、こそばゆいけれど……書いて見つめて生きていく/元全国紙記者/半分未練、半分隠居なう

「差別」のメカニズムについて歩きながら考えた

「ガイジ」とバカにされました

きょうは海に続いていくまっすぐな道を、ひたすら歩いていきました。

松林を切りひらいて作った抜け道なので、たまにびゅんびゅん飛ばした車が前から後ろからやってきては、ひかれそうになります。

こんなときに事故を起こしたら、「無職」であることを地方紙のかたすみのベタ記事でもって社会に知らしめてしまうので、一歩一歩、慎重に歩きました。

……みたいなふうに書くから、前回わたしはこのブログで、コーヒーと六花亭のバターサンドの写真をアップしたわけですが、「無職がコーヒーを飲むなバカタレ。ガイジ(←キチガイや障害者をばかにする総称のネットスラング)は水でいいよ」というコメントを匿名の誰かさんからいただいてしまうのだと思います、はい。

ひとつ言い訳をさせていただくとしたら、アップしたあの写真のマグカップは100均のプラスチック製のものだし、コーヒーもドリップではなくインスタントです。つつましく生活しています。

たぶん、「ガイジ」などと言う人は、わたしが「コーヒー」を飲むのをやめて本当に「水」だけを飲むようになっても、気に入らなくなると思います。そして、わたしが呼吸をしていることすら気に入らなってきます。そして、この世の中に生きていることすら、気に入らなくなってくるんだと思います。

「奴隷」に甘んじることが人を「支配者」たらしめる

同時に、ずっとだれかのことを、「障害者」だったり「先生」であったり「上司」であったり「部下」であったり「うちの嫁」であったりなんでもいいけど、そういう固定した役割に見ていなきゃいけないのって、息苦しくて大変じゃないかなとも思います。

その逆もしかりで、自分自身のことを「発達障害」だとか「うつ」だとか「メンヘラ」だとかそれもなんでもいいけど、そういうふうにしか見られないのも、かわいそうなことだと思います。

つい最近まで働いていた某公共放送の直属の上司は、部下に24時間365日「記者」であることを求めるタイプの人でした。ジャーナリスト、記者としてのたたずまいとしてこうあるべきだと指導する「上司」としての使命感にかられて、「部下」を思ってのことだというのは理解できます。

一方で、自分も24時間365日「上司」をやっているのだから、「部下」も24時間365日「部下」であり「記者」でありつづけろと求めるのは、なんて厚かましく甘えた要求だろうと思います。

その役割でずっとあり続けたいという人は、その役割であることを言い訳にします。やがて「発達障害だから」「うつだから」「摂食障害だから」「上司だから」などといって、その立場にい続けることで、安心しようとする行動をとるようになります。

「母親」でありつづけたい人は、よそから見れば娘の成長や幸せを妨害したり、虐待していたりといった行為であるのに、「母親」であることを理由に、自分のしていることを正当化します。

上司の「奴隷」に進んでなってきた人ほど、いずれ自分が権力を持つ立場になったとき、「支配者」となって部下を次々とクラッシュする存在になっていきます。

ようするになにが言いたいかというと、なにかの「奴隷」の立場に甘んじることが、人を「支配者」たらしめていくということです。

その延長線上に、障害者への無理解ゆえの差別だったり、一般人が考えられないような政治家の失言だったり、ハラスメントがあるのではないかという気がします。

これがわたしが社会に出てみていろんな組織や立場に身を置くことで、感じてきた差別のメカニズムです。

24時間365日、人のことを「部下」だの「発達障害」だの「ガイジ」だのといった自分自身が一方的に思い込んでいるにすぎない固定したイメージを、相手にも同じように押し付けようとする。

それを正義や善だとして疑わない「支配者」の「奴隷」になる必要なんて、ありません。

そんな「奴隷」を、みずから進んで受け入れなくたって、いいんです。

というか、進んで受け入れてしまったことが、あなたをも将来「支配者」にしてしまい、新たな奴隷を生み、悲劇の連鎖が始まります。

もし、そんな関係に身を置いている方がいらっしゃれば、いますぐ逃げてください。

ずっと「発達障害」でいなくたっていいんです。逆に、ずっとだれかを発達障害だと思い続けたり、上司だからといって休日まで部下を呪っていたりしなくたって、いいんです。

これからもあるくのだ

わたしは、そんな世界から逃げて、いまここにいます。

一歩一歩、踏みしめるように歩きながら、なぜ自分は、ひかれそうになる道をわざわざ歩いて、知らない街の海に向かっているのか、ふと考えました。

戻りたい場所など、どこにもないーー。そう思っていまを見つめ続けていたいんだと。

だからわたしは、これからもあるくのだ。

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