発達障害だったわたしへ

自閉症と虐待サバイバー/光はまだ、こそばゆいけれど……書いて見つめて生きていく/元全国紙記者/半分未練、半分隠居なう

精神科病棟で身体拘束をされてみて

いま入院している病院は、ほんと信じてもらえてるんだなあと思う。外出も基本的に自由で、どこに行くかとかましてや何をするかとか、誰かと会うかとか、なにも聞いてこない。広い原っぱで放牧されている牛になっているかんじ。ほかの患者さんも、それぞれのペースで生活してるみたいだ。

そういう意味では、これまでどんだけ信じてもらえなかったのかなあと思う。ちょっと病棟の集団生活のルールに違反しただけで、2日とか3日くらい鎮静させる点滴をされて、手と足の4点をベッドにくくり付けられてしまう。いわゆる身体拘束だ。

ベルトが固すぎて、外せるわけもないのに、もともと閉鎖病棟なうえに、さらにとどめと言わんばかりの、個室の部屋の鍵も外からかけられて、とじ込まれてしまう。きわめつけは、なんといってもおむつだろう。お仕置き感満載だ。

私は、あの4点拘束とおむつの屈辱を経験してから、いろんなことがどうでもよくなった。お年寄りで寝たきりになったり、事情があってとかで、おむつなのはやむをえないことだと思う。

だけど、手と足という全身がしばられて、だからなにかあってもナースコールも押せないし、ベッドにはりつけられてるから寝返りも打てなくて、外側から鍵がかかっているから、自分じゃもうどうすることもできないという無力感がある。

そして、なによりも、鎮静はかかっているけどいやでも意識があるなかで、数日間、そのおむつで自ら排泄物を絞り出すという行為が、どれだけ難しいかということは、やってみた人でないとわからない。

何人かの友人にそのことを話したら笑われて「それ写メないの?」「なんで撮ってないの」とか言われたけど、自分はいまでも笑うに笑えない。

隠れてタバコを吸っていたのがばれて拘束になった女の子は、「おむつだけは屈辱すぎて、意地でおしっこすらがまんしてて、めっちゃキツかった。でもこんど拘束になったときに、今度こそ写メ撮ってってSちゃんにお願いして、個室のガラス越しにピースしたのあるけど見る?」とケラケラ笑ってたけど。

社会的に害になるからと、一律に精神障害者とカテゴライズして狭い場所にぎゅうぎゅうに集めて、人里離れた一つの場所に隔離して、収容所みたいなルールを送らされたら、誰だっておかしくなるし、だから毎日脱走者や殴り合いのけんかや、盗みが絶えなかった。

「これがこの病院のルールですから」と、それにちょっとなんで?と言ったら、すぐ身体拘束で、もうこりごりだと思っても、またなんでというそぶりを見せたら「また拘束されたいの?」と医師から言われる。

ほぼ毎日、病棟のベランダの洗濯干し場に、拘束用のベルトが干してあって、ゆらゆら揺れていた。手首用が細めで、足がちょっと太めで、腰痛用のコルセットみたいな白色の素材だった。それを見ながら、ああ、まただれかが拘束されてたんだなあと思う。

だけど、ところ変われば、ああ、これがほんとうの意味での尊重っていうのかなと思う。どこの病院にも病院憲章のいちばん上に「私たちは患者さんの権利を尊重します」と書いてあるけど、病院に限らずどんなシーンでも、私たちは「尊重」という意味について深く考えることなんて、わかったふりはしておきながらあまりないんじゃないかな。

あそこの病院はよかったのに、ここの病院は悪い、みたいなここは変だよ日本人的な比較の話ではなく、フランクルの「夜と霧」の話じゃないけど、強制収容所での経験があったから、当たり前のことを初めて考えられるようになったりとか、そういう話だと思う。それぞれの中の相対論だから、なかなか社会的なコンセンサスができていきにくい。だから、なにかの権利を勝ち取るということは、長い歴史があるし、むつかしいことなんだとあらためて思う。

まずは相手を信じること。だから私は脱走もしなければ、ライフラインにしがみついて依存症になることもないし、「ここのルールだ」という人と言い合いになることなく、穏やかな時間を過ごしている。