発達障害だったわたしへ

自閉症と虐待サバイバー/光はまだ、こそばゆいけれど……書いて見つめて生きていく/元全国紙記者/半分未練、半分隠居なう

マルセイは精神障害者じゃなくて六花亭のバターサンド

突然ですが、警察の隠語で、精神障害者のことを「マルセイ」と言います。精神障害者の精にマルを囲んで、マルセイです。

 

全国紙の新聞社に入社して配属された横浜支局というところで、まず担当したのが神奈川県警の警察署(サツ)担当だった。いわゆるサツ回りというやつ。

なかでも、横浜市の繁華街・関内を管轄する伊勢佐木警察(通称「ザキ」)なんかは、よく民放で年末になってくると警察24時みたいなドキュメンタリー番組の舞台に、まっさきになるところ。私はすぐそばのラブホ街の、男はヤクザ、女は夜の仕事の人ばかりのマンションに住んでたので、真夜中もサイレンがずっと鳴ってた記憶がある。

新聞記者にとって、横浜支局でサツ回りをするということは、当時は「ハマのサツ回り」なんて特別な言葉があるように、全国47都道府県の支局に配属される記者のなかで、自分は一番優秀なエリートと見込まれていることの、れっきとしたあかしでもあった。

横浜支局に配属された記者たちは、そんな立ち位置をまっさきに自覚して、同期のなかでも選ばれし者というオーラをぷんぷんと匂わせるのが、あるべき姿とされていた。それでこそ、ハマのサツ回りなのだ、と。「横浜出身者が、社会部にあがれなかったら大恥だぞ」とおどされながら、私は警察担当をずっこけたら人生すべて終わるんだと本気で思いながら、新人時代を過ごした。

昼夜関係なく、軽微なものから大きな事件まで警察署から「広報文」という1枚の紙切れが、ファックスされてくる。基本まずは電話をつっこんで、現場に行くのかボツか判断するのだが、そこでひとつの判断基準になっていていまでも印象に残っているのが、冒頭の、マルセイ(精神障害者)かどうかをお約束のように確認するという作業だった。

先輩からいろんなことをオンザジョブで受けるのだが、容疑者について聞くときに必ず「こいつ、前科あるんですかね?」から始まって「マルセイですかね?」「通院歴は」と確認する流れになっていた。

次から次にファックスが来るので、たとえば自動販売機をバールでぶっ壊した人が逮捕されましたみたいな広報文を受け取った先輩から「みーしぇるさん、たぶんマルセイだからいらない(ボツ)と思うけど、一応電話で聞いといて」とあらかじめ言われて渡される。

その先輩も、ドヤ街で酔っ払って人んち入っちゃった男を住居侵入で現行犯逮捕みたいな広報文を見ながら、「またマルセイかなんかですよね?しょうがないやつでよすね(じゃーボツ)」なんてお互いにお疲れ様と分かち合うような世話話風に、電話を置く。

1時間に1度、警戒電話(ケーデン)というのも県内全署に入れるのだが、ちょこまかした事件だと、記者「通院歴は」サツ「ありです」記者「あーじゃあマルセイですよね(じゃ、いっか)」と、お互いほっとしたような感じになって、電話を切る。そこには、まーどうせマルセイのすることだからしょうがないという、「マルセイ」という存在に対する、警察官と記者とで共通したなんらかの認識があったのだと思う。

ただ私は、配属後まもなく、先輩仕込みの警察用語に染まっていくもう一人の同期男子とちがって、百歩譲ってマルセイという言葉だけは、どうしても発することができなかった。やっぱり私のなかで、マルセイはいまも、六花亭のマルセイバターサンドか、フランスの都市・マルセイユか、地中海のマルタ島のような、のんびりとした語感なのだ。

また、「じゃ、お疲れ様です」と電話を切ろうとすると「記者さんもお疲れ様です」なんて警察官が労ってくれたりして、ハマのサツ回り記者は、そうやったささいなやりとりから警察官と信頼関係を地道に築いて一人前になっていくそうなのだが、私が先輩の技を真似すると「テレホンセックス」なんて揶揄されたりした。

私はマルセイという言葉をいちいち言い換えて「その自販機を壊したお方は、精神科に通院なさってたんですか?」「なにか精神をお病みになっていたのでしょうか」とか警察官に質問していた。警察官は、それはそれで、ちゃんと答えてくれて、なんら私は支障がなかったけど、ハマのサツ回り的な士気を乱す存在に、みなからは映っていたようだ。

夜になると、朝刊締め切りである25時くらいまで当直中の署回りをするのだが、夜の警察署には、マルセイさんがたくさん来た。ああ、こういうのをマルセイさんと言うのだなと私は知った。どこに住んでるのかは分からないけど、居酒屋でも相手にされず追っ払われるか何かして、ふらふらしながら、夜も灯がともる警察署に流れ着いて、話を聞いてほしい人たち。2時間でも3時間でも気がすむだけしゃべって、またどこかに消えていく。

これはもう、私が新人だった10年以上も前の、警察の世界にどっぷり浸かった記者の世界の話だけど、いまもそうやって言っているのだろうか。その1年後、新たな新人が入ってきたのだけど、私と同様、いきなりそんな世界の洗礼を受けたショックで、PTSDと診断されて休職してしまった。

PTSD心的外傷後ストレス障害)は、付属池田小事件あたりからマスコミもメジャーにしてきた心の病気のひとつで、もちろん誰もがなりうるものだ。だけど、みんなそれにかかった彼のことをあだ名で病気の頭文字をとって、「P(ぴー)ちゃん」と呼んでいた。私はマルセイに加えて、その言葉も言えなかった。よっぽど心の病が物珍しかったのだろうか。

そんなこといったら、私も通院歴もある、マルセイさんだ。友達と普通に話してると、実は精神科にカウンセリングに通ってて、いま薬これ飲んでて、とかいう話は普通にするんだけどな。

確かに、やっぱり警察署に足が向いちゃうマルセイさんだけを見てると、ちょとステレオタイプなイメージを作りやすくなるのかもしれない。だけど、マルセイ、いや実際の精神障害者は、いろいろいてひとくくりにはできない。

そういえばちょうど、六花亭じゃないけど、セブンイレブンのバターサンドを病室の冷蔵庫に冷やしてるので、そのうちおやつに食べますよ。